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Dragon's nest

Dragon's nest

第2話:御使いを騙る者

Pipipipi…Pipipipi…♪

「…う…ん」

ベッドの中で、自分以外の体温を感じる…

セイが目覚めると、ザクラの寝顔があった。



「……」



…俺はなーんにもヤッテマセンヨ~っと…


そう、別に何の情事も起こしちゃいない。

空き部屋の中でも上等な部屋を与えたのに、
ザクラはセイが寝ているベッドに潜り込んで来るのだ。
…しかもシャツ1枚の姿で。

初めは歓喜したい下心を抑えつつも、
「勝手に潜り込むな」「そんな格好で男の部屋に入るな」
だのと叩き起こしたが。
さすがに続けば騒ぐ気にもならない。

セイは無言でアラームを止めてベッドを抜け出し、
身支度をして台所へ向かった。

庭ではオリゴが朝だぞ餌くれろと言わんばかりに鳴いていた。

溶き卵を四角いフライパンに流し込み、
ふんわりと匂いが漂うと…


バタン! ドタバタドタバタ…バッターンッ!!!


「卵焼きー!!!」

「はいはーい、もうすぐ焼きあがるから着替えて来ーい」

叩き起こされても起床しようとしなかったのに、
朝食の匂いがすれば一発で飛び起きる。
それ程までにザクラの喰い意地は凄まじい。

こんな調子で、青年と悪魔の奇妙な同居生活は三日目に突入した。


「今日はお得意さんが【店】に来るから、大人しく奥に居てくれよ?」

「ふぁーい」

切り分けてない卵焼きと白飯を口一杯に頬張りながら、ザクラは了承した。

…マジで分かってんのかねぇ…?

セイはため息を流し込むようにみそ汁を飲み干した。


門前母子は呪術師であり、“いわくつき”の画商でもある。
屋敷の一部を、セイが【店】と言った画廊に改築し、
“いわくつき”な絵画や骨董品を取り扱っているのだ。
…といっても、性質の善いものしか画廊に並べないし、
性質の悪いものは滅多に売らない。
何かしら害があるものは封印なり浄化なりして、
持ち主として相応しい者が現れるまで宝物庫に眠らせる。

ザクラも(ナルミから教わったのか)そういう商いをしている事を知っていた。
だが、好奇心が旺盛で、度々画廊や宝物庫に入り込む。
それでセイは何度冷や冷やしたことか。
先日も自動人形たちにからかわれ、セイが止めに入らなければ、
宝物庫が燃やされるところだったのだ。


「御免下さい」

まずは一人目。

「はいはいっ、ただ今っ!!」

ザクラはまだ朝食に夢中になっている。
店を開けるなら今のうち。

「…おや、せがれが接客すると言う事は、
 ナルミちゃんは居ないのかね?」

どうやら母・ナルミの隠れファンらしい。
恰幅の良い老人が奥を覗こうとしたので、セイも負けじと遮る。


せがれって…このクソ爺…#


「いや~、母は出張というかっ、
 掘り出し物を仕入れに買出しというかっ」

苦し紛れの嘘八百。

「そうかい、それはちと残念。ところで先日、うちが売約した品は…?」

「ええ、母がちゃんと用意してました」

小さな桐箱を取り出し、中身を確認させる。
中には不気味な程に艶やかな茶碗が入っていた。

「…うむ、確かに。ナルミちゃんに宜しく言っといてくれ」

老人は満足げに唸り、茶碗が入った箱を大事そうに抱えると、
相当な数字が書かれた小切手を残して去った。

「毎度あり~♪」


それから数時間後…

「御免下さいな~、セイちゃ~んvV」

二人目が来た。
オネエ言葉なその声を聞いた途端、
カウンターに伏してたセイの背筋はゾゾッっとなった。

「ざ、ザザッ、ザクラッ!
 お前、絶っ対店に来んなよ!!!」

庭でオリゴと遊んでいたザクラに念を押し、
障子をピシャリ!と閉めた。
セイの慌て様に、ザクラとオリゴはきょとんとしていた。

「セイちゃん久しぶり~んvV
 しばらく見ない内にまーた男前になって~vV」

このオカマは会う度にこのセリフを言って抱きつく。

「イケイ(伊計)さん…
 母に制作依頼した絵画はちゃんと用意してますよ…ホラそこ」

セイは抱きつこうとするオカマを引き剥がし、
「売約済」と書かれた札が付いた絵画を指差した。

「あら、ホント! んまぁー!
 さっすがナルミちゃんね、素敵な絵だわぁ~vV
 はい、コレ、お・だ・いvV
 明後日、うちの開店前には届けて頂戴。
 …ところで、セイちゃんはもう描かないの?」

「どう足掻いたって、母には敵いませんよ」

「勿体無いわぁ~。貴方の作風も素敵だと思うのに~。
 気が変わって絵が描けたら、アタシに見せてねvV
 …ところで…」

このオカマは「ところで」が多い。

「…なんでしょうか?」

「そこの可愛い人外らしき仔は誰かしらん?」

「……げっ」

セイの背筋がまた凍りついた。
ザクラが障子を開けて、店を覗いていたのだ。

「かーわーいーいーーーっ!!!
 何あの仔?! セイちゃんの新しい彼女?
 ハグさせてぇええええっ」

「ザクラぁああああああああああああああ!!!!!!
 だから来んなと…てか逃げろ!!
 別の意味で喰われっぞ!!!」


一応能力者だけど、マジで見境が無いな、このオカマ…


「ぜー…はー…、
 世の中にはああいった変態もいるからな…気をつけろ」

抱きつきオカマ・イケイに諸事情を話して追い払い、
クタクタになってザクラに注意するセイ。
イケイの乱心騒動が効いたのか、
ザクラは怯えた様に頷き、庭に戻った。


…だが、庭も決して“安全地帯”ではなかった。


コウモリが羽ばたき、夕闇が迫ろうとしている頃。

「さて…そろそろ店閉めて、晩飯にすっかな。
 ザクラー、今日は何が喰いたいー?」

昨日・一昨日は「オムライス!!!」
と元気よく返事が返ってきたのだが。


「…ザクラ?」


返って来るのは静寂。
そして…


パシンッ!!!


何かが割れる様な乾いた音。

『屋敷を囲んどる【結界】が破られたぞ!!!』

何処からとも無く、饗音が姿を現す。

「…何処だ?」

『店とは反対の方角…庭だ!』

三人目の客は何て不躾なんだろう…!

セイが舌打ちすると、障子がパンパンと開く。
庭には、威嚇するように羽毛を逆立てて唸るオリゴが居た。
そして歪んだ空間を睨むザクラ。

「…庭から不法侵入とは困りますね、お客さん。
 御用があるなら店から入って貰えます?
 てか、もう閉店時間なんですけど?」

セイが声を低くして、歪んだ空間に向かって言う。
薄暗い庭が一瞬白い光に染まる。
セイとザクラは目を細めることなく光を見据えた。

「君には悪いが、ガラクタに用は無いんだ…」

光の中から、金髪の青年が現れた。
腰からは真っ白な翼が生えている。

「ガラクタ…だとぉ?!」

セイは商品たちを軽視されて、青年を睨んだ。

「ちょっと会いたい子が居てね」

青年はセイを無視して、にっこり笑った。

「君…天使だよね? 僕に何の用?」

ザクラもセイを無視して、青年に訊ねた。

「その通り。
 …睨んだ顔は本当にそっくりだね。
 ふふ…初めて逢いに行った時の様だ…」

「?」

青年は懐かしそうに微笑む。
ザクラが首を傾げるが、青年は続けて名乗った。

「私の名はラバイト=インセルグ。
 …かつては戦天使だった者だ」

セイは庭に飛び出し、ザクラをかばう様に身構えた。

「天使…だと?」

『落ち着け、まだ目的が分からぬ。
 何故、「かつては戦天使だった」と、
 わざわざ過去形なのかも引っ掛かるしの』

饗音の言葉も一理ある。
それでもセイは、舞い降りた天使に疑いの眼差しを向けた。
…左手のポケットに呪符を数枚忍ばせて。

「っつーか、天使っていやぁ、
 背中に羽生えてんのが定番だろ?
 お前の、腰から生えてんじゃん!」

「…背中以外に生える者も居るんだよ」

指摘されたのが癪に障ったのか、
ラバイトはぴしゃりと言い返す。

「というより、人間が思ってる以上に、
 天使と悪魔の姿はバラエティーに富んでる。
 実際、君はその子の姿を見るまで、
 こんなに綺麗な悪魔が居ると思ってた?」

「…そこまで言う…」

「まあいい、本題に入ろう。
 その子…ザクラ=クロウに逢ってほしい子が居るんだが」

「…だってさ。どーする?ザクラ」

ザクラはただ一言、嫌、とだけ返した。

「…そう言うと思ったよ。オリゴ!」

呪符を一枚、オリゴの背中に貼り付ける。
すると呪符は溶ける様に消え、
オリゴはラバイト目がけて突進した。

「…ふん、低俗な精の分際で」

ラバイトは素早く躱して宙を舞い、小さく呪文を唱える。
すると、地面から蔦が生え、オリゴの巨体に巻き付いた。

しゅるるるるるるるっ

「くえーっくえーっ!」

身動きがとれず、オリゴはパニック状態。
地属性に植物系の束縛法術は効果抜群だ。

「オリゴちゃん!!」

ザクラが声を荒げると、ラバイトは優しい口調で
大丈夫だよ、と微笑んだ。

「妙な符の効力が消えるまで、ちょっと縛っておくだけだから。
 君のお友達を傷つけはしないよ。
 …だけど…」


ヒュッ


何処からか長い槍がラバイトの手元に現われ、
セイの首へと突き下ろされた。

「!」

ギィンッ!!!

首が飛ぶ音…ではなく、武器がぶつかり合う、
鋭い音が響いた。
その手応えに、ラバイトは先程とは違う冷笑を見せた。

「…お前、あの子を封印から解いたからには、
 それなりの覚悟はしてるんだろ?」

セイも何時の間にか錫杖(しゃくじょう)を構えて、
間一髪のところでラバイトの槍身を払い返したのだ。

錫杖…といっても、単に金属の輪が付いた杖ではない。
月牙金産(げつがさん)である。
杖の一端には三日月形の刃、
もう片端には平らなスコップの様な器具
(これを“金産(さん)”と呼ぶ)が付いている。
武器に詳しくなくても、
『西遊記』の沙悟浄か『水滸伝』の魯智深の武器といえば
何となく形を思い浮かべてもらえるだろう。


「…不法侵入の次は銃刀法違反かよ…
 って、そりゃ俺もか」

いつものセイらしい、己を皮肉る台詞を口にしてみるものの、
内心は焦りを感じていた。



法術といい、槍といい…コイツ、強い…!!!


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